熊本日日新聞 2025年7月4日 11:45

グラウンドに立つ鶴山櫂士さん(中央)。練習中も補聴器を付けているが、いつも笑顔で野球を心底楽しんでいる=6月27日、玉名市
両耳の難聴と向き合いながら白球を追う球児がいる-。玉名高(玉名市)野球部で、昨秋から正捕手を務める2年生の鶴山櫂士[かいじ]さんだ。生まれつきほとんど耳が聞こえないが、練習で汗を流す姿はチームメートと変わらない。補聴器を通して仲間と〝キャッチボール〟を楽しんでいる。
「迷ったらホームに投げて良いよ!」。6月下旬の守備練習中、鶴山さんの元気な声がグラウンドに響いた。常に笑顔を絶やさず、ミスをした仲間には明るく声をかけて励ます。
南関町生まれ。小さい頃、家族でプロ野球観戦に行ったのが野球との出合い。小学4年から地元のNPO法人が運営する総合型地域スポーツクラブに入り、本格的に野球を始めた。「打つ、捕る、投げるの全てが楽しかった」とすぐに夢中になった。
中学は熊本聾学校(熊本市東区)に進んだ。野球部がなかったため、1年間は陸上部に所属した。2年生になり、玉名市の軟式野球チーム「有明ベースボールクラブ」に誘われ、野球を再開。平日は学校の寄宿舎で過ごし、週末は実家から練習に通った。
聾学校では中学部から高等部に進学する生徒がほとんどだが、鶴山さんは「野球がしたい」と普通科を選んだ。小学校以来となる健常者との学校生活には不安もあったが、「それ以上に野球がしたかったし、玉名高に来てからは、意外と障害が気にならないことも分かった」と明かす。
補聴器があれば日常生活に不自由はほとんどないというが、屋外スポーツの野球では「雨や風の音が大きいと、チームメートの声がかき消される」。高校1年の時は、慣れない学校生活と部活動の両立もあり、めまいや頭痛に悩まされた。
それでも野球が続けられたのは、気心知れた仲間がいたから。鶴山さんは「声に気付かない時は、大きな身ぶり手ぶりで教えてくれた。今では思い切りプレーができる」と感謝する。バッテリーを組む梅守仁輝[ひとき]投手(3年)は「耳が聞こえないとかは関係ない。人懐っこくてかわいい後輩」と信頼を寄せる。
鶴山さんの将来の夢は、聾学校で数学の先生になること。「普通高校への進学を後押ししてくれた母校に恩返ししたい」からだ。
数学以外にも教えたいことがあるという。「僕は野球を通して世界が広がった。経験を基に、障害で可能性を狭めることなく、やりたいことをやっていいと伝えたい」と力を込める。
チームは7日の全国高校野球選手権熊本大会1回戦で水俣高と対戦する。夏の大会では初めてマスクをかぶる鶴山さん。「しっかりチームをまとめたい」。少し表情を引き締めた。(小田喜一)
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