2025年12月28日
共生社会の実現などを掲げた聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック東京大会」(読売新聞社協賛)では、手話などを使うろう文化が発信され、交流も盛んに行われた。開閉会式の演出担当者やボランティアスタッフとして参加した学生に、大会に関わって感じたことや課題、大会の意義を聞いた。(石原宗明)

デフリンピック東京大会の閉会式で、ハイタッチをする各国の選手たち(東京体育館で)
ボランティア 水野花菜さん
「聴覚障害者と聴者がお互いのコミュニケーションの文化・特徴を知り、互いに食い違いがないように会話していくことが大事だ」。生まれつき聴覚障害がある筑波技術大4年の水野花菜さん(21)は、大会運営拠点「デフリンピックスクエア」(東京・代々木)でのボランティア活動でそう実感した。
デフリンピックスクエアでは、バトンを渡す前に肩をたたくこともある陸上リレーなど、デフスポーツの紹介を来場した聴者に行った。筆談を中心に説明したが、身ぶりも交えると無表情だった聴者の表情が明るくなり、身ぶりで返してくれるようになった。「聴者との交流は筆談が多かったが、身ぶりなど工夫の仕方があると思った」
一方、気になったのが、聴者との会話の際、目をそらされることがしばしばあったこと。聴覚障害者の場合、目を見て会話をするのが基本で、日頃の聴者との会話でも同様の経験があり、疑問に思っていたが、「目線を向けずに話すこともあると知った。聴覚障害者を理解してほしいとばかり考えていたが、聴者のコミュニケーションの特徴も知っていかなければ」と話す。
海外からも多くの選手が集まる場で、様々な人と交流したいと考えて申し込んだボランティア。大会に向けて新たに学んだ国際手話を実践できた上、聴覚と視覚の両方に障害がある人には、手に触れて手話の形を読み取ってもらう「触手話」で伝えることもできた。
「これまで聴覚障害者と聴者が関わるイベントに参加する機会があまりなかったが、デフリンピックは、様々な人々が交流し、伝わる工夫をし、自分を振り返るなどして、新しい視点を得たと思う。聴覚障害者同士、聴者同士で固まるのではなく、身近な交流ができたデフリンピックのような環境を作り続けることが大切だと思う」と話す。
また、デフリンピックスクエアには、話した通りの文字が表示される透明ディスプレーをはじめ、聴覚障害者とのコミュニケーションを支援する技術を紹介するブースが設けられるなど、技術が進化していることも感じさせる大会だった。
1年ほど前に、自分が乗車した電車にトラブルがあって駅にとまった際、他の乗客が突然乗り換え始めたが、自分は車内アナウンスに気づかずに残り続けたという経験があった。「災害時に即時に情報を把握するためにも、技術の導入が進むことの大切さを強く感じた」という。
こうした経験もあって、今後は大学院に進学し、障害などにかかわらず、利用しやすいユニバーサルデザインを広めたいと思っている。
「社会全体で必要な支援を考えてもらえるよう、手話言語を大切にしながら、コミュニケーションの方法を工夫し、様々な人と交流を重ねていきたい」と表情を引き締めた。
開閉会式を演出 近藤良平さん
「聴者は日頃、耳に頼ってコミュニケーションしていることを実感した。聴覚障害者を含めて人と話す時には目を見て伝えるという基本の大切さを痛感した」。開閉会式の演出を担った彩の国さいたま芸術劇場芸術監督の近藤良平さん(57)は、聴覚障害者のダンサーたちと一緒に練習を重ねた日々を振り返った。
書類や実技などを経て式の出演者に選ばれたのは小学生~60代の男女約130人。約半数が聴覚障害者で、車いす利用者もいた。7月から毎週土、日曜日に東京都内に集まり、手話通訳者を交えて稽古を重ねた。
最も大事にしたのは「わかり合うこと」。まず一人一人に手話などで表現したあだ名「サインネーム」をつけることにし、近藤さん自身もひげをなでる動作をサインネームとした。休憩時間にも、身ぶりを交えて意思を伝え合った。
稽古では、演出に関する動作を一つ一つ目で確認し、通常1時間で作れる5分間のシーンを、5時間かけて確認。集まっては円になり、流れなどを共有した。
稽古が始まる前には、手話言語学者のもとを訪れ、ろう文化について学んだ。ろう学校では長く手話が制限され、口の形を読み取る「口話」の習得が進められた期間もあり、その時期に描かれた子どもたちの絵の暗さ、 閉塞へいそく 感が印象に残った。
一方、現在では、手話が自由にできるようになり、ダンサーたちの控室では、聴覚に障害のある子どもたちが手話を使いながら、ペットボトルで野球をして楽しく遊ぶ姿があった。
「子どもたちの笑顔を見続けられるようにするためにも、この大会だけの一過性のものにしてはいけない」との思いを強くした。
こうした経験を踏まえ、ろう文化などを発信する開会式後半のプログラムでは、「過去」「現在」「未来」の3部構成にした。手話が制限されていた「過去」に続き、「現在」では、変わりつつあるものの負の時代に戻りかねない社会の危うさを表現。「未来」では、障害の垣根なく一緒に過ごせる、共生が当たり前になっている世界を描いた。
閉会式の最後には、盆踊りを取り入れて一体感を演出した。「振り付けはダンサーたちが考えて作った」と近藤さん。こうした開閉会式の映像は、学校の授業でろう文化を紹介する教材として使われ始めており、「デフリンピックを通じて、ろう文化が発信され、身近に感じたり、理解を深めたりするきっかけになった」と意義を話す。
デフリンピックに限らず、手話を使った演劇や朗読会などもあり、身近にろう文化に触れることが可能だ。手元だけでなく体全体で考えを伝えようとする手話の表現性にも魅力を感じており、「これからは手話を学んで作品作りにも生かしたい。自分が描いた『未来』の世界に向けて、聴覚障害者との交流を続けていきたい」。そう熱っぽく語った。
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